地域デザインをめぐって vol.15 “熊本地震”

熊本地震被災地踏査からの考察 2 益城町中心部における建物・道路被害等に対する市街地形成の観点からの考察

萩原 拓也

2016年4月14日以降、熊本や大分で地震が続いた。震度7を2度含む、非常に強い揺れが断続的に継続した。直接の犠牲者は50人となった。
こうした状況に対して、東京で復興デザインを研究している私たちは何ができるのだろうか。
地元のご迷惑にならない範囲で、被災現場にお伺いして、何が起こったのか、起きているのか、その実態を学ばせていただき、各自の研究的関心に引き寄せて、次に生かすためによく考えよう、ということになった。
きちんとした調査ができたわけではなく、1,2度現地を歩いて、その後、有志一同で議論をしてリサーチ・クエスチョンを温めた程度にすぎない。しかし、同じように考えている方も少なくないと思われ、一応、ここにまとめておくこととした。

1 熊本地震の全般的考察(澁谷崇)
2 益城町中心部における建物・道路被害等に対する市街地形成の観点からの考察 (萩原拓也)
3 避難所・仮設住宅(井本佐保里)
4 広域における震災(益邑明伸)
5 震災における国と地方自治体(窪田亜矢)

本稿では、筆者らが平成28年5月6日に実施した益城町中心部の被害状況に関する踏査を踏まえて、益城町中心部における地形や市街地の形成過程などの観点から、その被害の特徵に影響を与えた事項について考察したものである。

(1)益城町中心部における被害状況・特徵について

熊本地震による益城町中心部(木山地区、宮園地区、安永地区、辻の城地区)の被害状況については、国土交通省国土技術政策総合研究所(国総研)による一連の調査報告[平成28年(2016年)熊本地震による建築物等被害調査報告(第一次〜第十一次)](※1)、および「熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会」における資料(※2)に詳しい。これらの調査報告において、次のことが指摘されている。

・ 益城町役場周辺、県道28号線(熊本高森線)沿い、県道南側に木造住宅の被害が比較的多い。
・ 新耐震以前の建築確認の木造住宅の倒壊が多く確認された。
★木造建築物の建設年代ごとの被害率(※3)
〜1981年5月:倒壊32.1%、大破17.7%、無被害4.4%
〜2000年5月:倒壊9.1%、大破9.8%、無被害20.9%
2000年6月〜:倒壊2.9%、大破4.1%、無被害55.4%
・ 詳しい調査・分析が必要であるが、地盤変状による強制変位ではなく、振動が大破等の甚大な建築物被害の主要因であった可能性が高い。
・ 各所で道路舗装のひび割れ、段差が確認できるが、県道北側よりも南側のほうが、被害程度が大きく、液状化の痕跡も見られる。
・ 宮園地区の県道北側では、地形の関係上、盛土擁壁で宅地造成している物件が多いが、県道28号に近づくにつれて盛土擁壁の被害が大きくなる傾向が見られる。
・ 安永地区では、新興住宅地と思われる建築物の被害は見られない。また、県道南側では、秋津川に近づくにつれて被害が小さくなる傾向が見られる。
・ 鉄筋造建築物のうち、倒壊または大破したものは、次のいずれかの特徵を有する。①建設年・部材が古い(1980年以前と想定さるなど)。②隣接建築物や擁壁崩壊等の周辺状況による影響があった。③溶接部等で破断が生じていた。

また、香川大学調査チーム(長谷川ら)からは、木山地区の被害は、地震動だけではなく、地滑り的な地盤の滑動による影響を強く受けていたと推定されるとの指摘がある(※4)。木山地区周辺は、段丘崖が崩れた崩壊土砂による緩斜面となっており、住宅被害が顕著な地区は、崩壊土砂を基礎地盤としており、地震動によって滑動したことが、擁壁や住宅倒壊の一因となった可能性があると指摘している。
これらの報告による指摘事項に加えて、筆者らが行った現地踏査において、次のような所見を得た。
・ 県道南側においては、川や沢等にそった谷地形の建築物の被害が比較的多い。
・ 隣接する建築物の倒壊・大破の影響により、被害の軽微な建築物でも居住・使用できないものが見られる。
・ 辻の城地区では、被害の程度が比較的小さい。
・ 幅員が4m以上あっても瓦礫等により閉塞されている道路が見られる。


▲写真1:宮園地区南側の被害


▲写真2:木山地区における基礎地盤の崩壊

(2)益城町中心部におけるエリア毎に被害程度の差について

木山、宮園、安永地区において、国土地理院が提供している被災後の航空写真(※5)を参考におおまかに判読した比較的被災度が高いと考えられる地域と1903年の地形図を用いて、現在の市街地形成の核となった初期集落の位置を示す。(図3)


▲図3:益城中心部の被害傾向

・ 主に県道28号線より南側を中心に、被害が大きく、また、初期の集落エリアに被害が集中していることがわかる。
・ 国土地理院の治水地形分類図に初期集落の位置を重ねると、氾濫平野(薄水色)や旧河道(縞水色)を避け、段丘面(橙色)の南端に集落が形成されていた事がわかる。一方で、現在は地盤が氾濫平野であるエリアも宅地化されているが、著しく被害が大きいとはいえない(図4)。
・ 一部のエリアで被害が甚大となった要因のひとつとして、香川大学の調査チームが指摘した通り、崩壊土砂を地盤とした住宅が、地盤の滑動により被害が大きくなったことが考えられる。また、すでに新耐震基準以前に建てられた木造建築物の被害率の高さが指摘されているが、初期集落のエリアには、築年数の古い木造建築が多く残存していたと推測され、これにより比較的被害が集中した可能性が考えられる。ただし、これらの想定される要因は、建築物の悉皆調査等を踏まえた、詳細な検証が必要であり、またあくまでも複合的な要因の一つに過ぎないことに留意が必要である。
・ さて、造成した宅地の地盤滑動による住宅被害は、平成16年に発生した新潟県中越地震においても多く発生し、中越地震後には、宅地造成等規制法の改正や大規模宅地造成地の宅地耐震化事業促進なされてきた。今回の地震被害によって、地震動によって崩壊する危険性のある造成地が全国に多数存在することが、改めて浮き彫りになったと言える。現在は大規模な盛土造成地についての対策が主になっているが、過去スプロール的に宅地造成、開発が行われた、あるいは今後行われる可能性がある地域における対策の必要があると考えられる。


▲図4:益城町中心部の被害傾向と地盤との関係

(3)宅地化の進展による影響に関する考察

・ 熊本市街地から益城町木山までの間には、かつて熊本高森線にそって、集落(塊村)が点在していた。戦後以降に熊本市内から伸びる宅地化圧力によって、これらの集落間の農地が宅地化され、熊本市街地から益城町まで連担した市街地として繋がっていった。
・ 永木ら(2009)(※6)は、宅地化のプロセスを複数時点の地形図を元に分析している。これによると、1978年以降に辻の城など、整然とした計画的な宅地開発が行われた。一方で、それ以前の開発では整然とした区画の形成はあまり見られず、スプロール的な宅地開発が起こっていた。こうした住宅地では、狭隘な道路に面して住宅が密集している。1975年の航空写真(国土地理院)と現在の住宅地図を比較する(図5)。例えば、赤点線で囲った箇所は、もともとは住宅地内の樹林地や畑であったが、現在に至るまでに、宅地化されている。
・ 被害が大きかった地区では、倒壊した住宅の瓦礫によって、細街路が閉塞した箇所が多かったとの報告があった。上記のように、住宅地内に存在した良好な樹林地や農地が、人口増加とともに宅地として開発され、オープンスペースが減少していったことにより、避難の妨げとなりうる状態が増加した可能性が指摘できる。また、比較的新しく被害の少なかった住宅も、このような住宅が密集した状態の影響により、周辺の倒壊した建築物の影響を受け、居住や使用が困難になっているケースも見られた。


▲図5:1975年の航空写真と被災前の住宅地図の比較


▲写真6:宮園地区南側の被害

(4)都市構造的な課題・影響

・ 益城町は、県道28号線(熊本高森線)沿いを中心に宅地化している。益城町の都市計画マスタープラン中でも課題として指摘されているが、都市構造がこの県道28号線の単一軸で形成されている。
・ 今回の地震によって、県道28号線沿道でも複数の建築物が倒壊・大破しており、一部自動車の交通に影響を与えている。この県道28号線沿いは、古くからの集落をベースとしており、築年数の古い住宅も多かったものと考えられ、さらに、古くからの街道筋の形態をとどめていたことにより、地域の主要な交通を支える県道としては、道幅が狭かった。また、熊本市から益城町にかけての宅地化にともない、特に東西方向の基盤整備は十分に行われておらず、これら沿道市街地から発生する自動車交通の負荷は、基本的に県道28号によって処理される構造となっていた。特に古くからの集落周辺においては街道沿いの独特の景観をとどめていたことが想像されるが、交通上、防災上は脆弱性が高かったと考えられる。
・ さて、益城町中心部をバイパスする都市計画道路広崎・木山線が、昭和49年に都市計画決定されていた。熊本県と益城町は、熊本高森線の渋滞・混雑解消の観点から依然として整備の必要性が高いという認識をもっていたものの、震災以前には未整備であった(辻の城地区の区画整理事業の幹線道路として一部共用)。
・ 一概に、都市計画道路が整備されていれば、防災性が向上するということではないが、防災上の脆弱性や沿道空間の歴史的な成立、市街化の状況とを関連づけて、基盤整備・空間整備を行っていく必要があると考えられる。

(5)まとめにかえて

・ 継続的に市街化しているような地域では、現在では、一様に連担した市街地のように思われても、市街地の形成年代が場所によって異なっている。このため、連担した市街地においてもエリアの脆弱性に違いが生じていることを十分に理解する必要がある。また、たとえ、単体では新しい耐震性に優れた建築物であっても、地盤や隣接する建築物など周囲の状況によっては、被災を免れない場合もあることに十分留意が必要である。
・ 今後、人口減少が進む段階においては、十分なオープンスペースが無い市街地内に空き家が多数発生するものと推測される。今回の益城町において倒壊・大破した建築物のうち、空き家がどの程度の割合で存在していたかは不明である。しかし、管理が不十分な空き家は被害が大きくなる可能性が高まると考えられる。空き家の倒壊が地区内の住民の避難の妨げや隣接建築物の被害拡大の要因となる可能性があり、空き家対策も重要な防災政策として位置づけていく必要があるだろう。
・ 個人住宅などの地震対策は、一般的に建物の耐震化・不燃化が中心に据えられる。築年数の古い木造住宅の被害が大きく、2000年以降に建設された木造住宅の多くが無被害であったことを考慮すると、こうした対策の一層の推進が必要であるといえる。今回の被災では、これに加えて、宅地耐震化の必要性が改めて浮き彫りとなった。また、市街地が立地するエリアの地盤や地形、それによるハザードの理解も含めて総合的な対策を行うことが必要である。

※1 http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/kumamotojishin2016.html

※2 http://www.nilim.go.jp/lab/hbg/kumamotozisinniinnkai/kumamotozisinniinnkaikaisaizyoukyou_handouts.htm

※3 「熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会」第2回資料

※4 2016年熊本地震災害調査速報 http://www.kagawa-u.ac.jp/files/9914/6293/3890/saigai4.pdf

※5 平成28年度熊本地震に関する情報 http://www.gsi.go.jp/BOUSAI/H27-kumamoto-earthquake-index.html#2

※6 永木、荒木、鈴木「熊本都市圏の拡大による益城町の宅地化プロセス−地形図による土地利用変遷の判読を中心として−」東海大学総合形成学部紀要,51-65,2009