地域デザインをめぐって vol.11 “丹波・福知山”

水害フォーラム第1回:丹波・福知山視察に参加して

柄澤 薫冬 + 澁谷 崇

はじめに

■フォーラムの概要

NPO法人・リスクデザイン研究所の主催する『水害フォーラム -豊岡2004・十津川2011・丹波・広島2014-』の第1回現地視察ツアー(丹波・福知山)へ、当研究室から窪田・柄澤・澁谷の3名で参加させて頂きました。 平成26年8月豪雨は、平成26年7月30日から8月26日にかけて日本の広範囲に被害をもたらしました。その中でも特に、京都府福知山市に大規模な洪水被害、兵庫県丹波市や広島県広島市に大規模な土砂災害をもたらしています。今回は、被害から1年が経った丹波と福知山を訪問し、実際現地で被害に合われた方・復興支援活動を行われた方にお話を伺いつつ、復興の現状や課題について議論を行いました。

■丹波について

兵庫県丹波市は氷上郡に属していた6町(氷上町、柏原町、青垣町、春日町、山南町、市島町)が2004年に合併して誕生した市です。今回の豪雨では旧氷上町と旧市島町の境にある五台山を中心に降ったとされ、その周辺、特に市島で多くの被害が出て、災害救助法の適用される大災害となりました。今回は唯一死者が出てしまった市島町前山地区の被災された住民の方4名にお話を伺い、その後前山地区谷上の実際の場所にて住民2名の方に当時の状況を説明していただきました。また、突然おじゃまする形で五台山を挟んで反対側にある氷上町幸世(香良)地区の方にお話を伺わせていただきました。それぞれの概要を簡単に説明します。

前山地区
前山地区では、前山川の氾濫と山肌の土砂災害、上からと下からと両面から襲われたことにより、死者1名、全壊18戸と市内最大の被害となりました。この地区の特徴でもあり問題でもあることとして、住民の方が口をそろえて言うことがあります。「この辺はいいところや。丹波のこの辺は災害がないと言われていた。阪神淡路大震災で移り住んできた方もいる。この100年はどうもなかったから、避難する必要がないと思っていた。」と。このような状況のなかで今回はたまたま比較的人的被害が少なかっただけで、一歩間違えれば数倍・数十倍の被害になっていてもおかしくはなかったといえます。

今回の訪問では実際に前山地区の上流の谷上にて、現地を歩きながらお話を伺わせて頂いたので、伺ったお話を元に当時の状況を下のように地図にまとめてみました。こちらのお話のなかでも、後10分行動が早ければ/遅ければどうなっていたかわからないという紙一重の状況であったことが伺えます。

図1
▲前山地区谷上での当日の状況(ヒアリングより作成)

図2
▲写真中央の木のないところを土砂が流れ下った。

とはいえ、これからの移住意向については、はじめは被害を受けた方は皆一様に出て行くと思っているものの、時間の経過とともに全員に近い方が戻りたいと思うようになり、逆に被災を通じて一体感が生まれたというお話もありました。谷上でお話を伺った方も、全壊の被害にあい、一度は外へ出ようと思ったものの、前山川の河川改修がしっかりなされるということを受け、これから先は安全であると思い、再建を決めたとのことでした。

幸世(香良)地区
一方で五台山の西側の谷戸にある幸世(香良)地区では、被害が床上浸水までに留まり、前山地区よりかなり軽微なものですんでいます。当地区を訪れた理由としては、通常のように住宅を山肌に近接させて建てることをせず、田畑や林などのバッファーゾーンをその間に設けている事例があるとの事前情報を得ており、その事例を見学するためだったのですが、たまたまお話を伺えた自治会役員の方によると、そのような事例はなく、やはりこの近隣は災害のない安全で暮らしやすいまちだと認識していたとのこと。また被害が少なかった理由を伺うと、香良谷川の河川改修がしっかりと出来ていたおかげであると認識していて、実際に数mもの土砂が川に堆積し、もう少しで溢れるところだったかもしれないとおっしゃっていました。

図3
▲整備の済んでいた香良谷川。直後はすれすれまで土砂が堆積していたという。

■福知山について

台風23号水害を契機に福知山市治水記念館が設置され、平成26年8月豪雨の前年も水害にあうなど、福知山市はかなりの水害常習地域です。昨年の被害としては死者1名と人的被害は少なかったものの、家屋やインフラの被害は多く、水害常習地域として「慣れ」ていたからこそ被害を少なく抑えられたことを物語っているように感じます。

今回の訪問では治水記念館に立ち寄りつつ、地元の成美大学の職員・学生でボランティア活動をされていた方にお話を伺わせていただきました。学生が身体を使って活動を行う一方、教員も自身の専門を活かし、浸水したハードディスクや写真の復旧、一時的な民泊の運営などのボランティアを行ったそうです。「福知山の大学」として一丸となって地域と関わっていく姿勢に、コミュニティカレッジの価値として学ぶべきものを感じました。
(以上文責:柄澤)

図4
▲福知山・由良川流域にて水害常習であることを伝える表示。

* * *

以上のことを踏まえて、M2柄澤・M1澁谷からそれぞれ簡単に論点を提示し、まとめといたします。

伝承の難しさ:「安全である」とは何か M2 柄澤薫冬

前山地区谷上において特に気になったこととして、「お地蔵さん」の話を取り上げたいと思います。地図中央、今回の谷上の被害の大きな要因となった橋のたもとに、お地蔵さんが祀られていました。このお地蔵さんは、橋に流木がつかえ土砂が溢れる際、真っ先に土砂を浴びる位置にあり、完全に水没したにもかかわらず、水が引くと、お地蔵さんだけでなく茶碗や湯のみなどもそのまま流されることなくその場に留まっていたそうです。その後谷上では、「お地蔵さんが守ってくれた」という美談となって語られているそうです。もちろん、愛着や心の拠り所という意味でとても大切なことに変わりはないのですが、どう語り継がれていくか、ということについて不安な気持ちを持ってしまいます。100年以上に渡って被害のなかったところにありつつも、今回一番と言っても良いほど大きな被害を受けた危ない場所でもあります。歴史的に災害の少ない地域であり、次の水害の時には世代が代わっている可能性も大いにあるからこそ、語り継いでいくことが重要である一方、安全だと思われているところですら被害にあうのです。いかなる安全神話があろうとも、「お地蔵さんがいるから大丈夫」「またお地蔵さんが守ってくれる」=「ここは安全」という認識をするのではなく、「お地蔵さんは昔何を鎮めたのか」=「危険かもしれない」と過去の危険を正しく認識し、より危険のなさそうなほうをその場の自身の判断で選んでいくべきなのではないでしょうか。

図5
▲流木がつかえてパイプがひしゃげている一方、お地蔵さんの祠は無傷で残っている。(お地蔵さん自身は別場所に仮置き中)

一方の福知山は、水害常習地域として正反対の事例でありながら、結局は丹波と同様に、その認識が命取りになるのかもしれないと感じました。福知山では数10年に1度は水がつくことから、小さいうちに水害を経験し、その後大人になってもう一度経験する、というサイクルにより危険が語り継がれていきます。しかし、だからこそ逆に、危険すら日常となってしまっているようにも見えました。多くの人が、大事なものを持って上の階に避難し、水が引くのを待っていれば良い、と考えている状況だったようです。災害も経験し、避難の仕方も知っていて、自らは防災意識が高いと思っているからこその、本当の意味での防災意識をいかに高めていくか、まさにこれから復興まちづくりを日常のまちづくりに繋げていく過程として考えなければならないように感じています。

また全体を通して、被害にあってもまた戻ってくる、被害にあうことがわかっていても住み続ける、その想いとはなにか、今一度じっくり考えなければと思う次第です。

偶然の中の必然を見出す防災の難しさ M1澁谷崇

昨年度の大雨の際に水害の被害に合われた、兵庫県丹羽市市島町谷上地区を訪れました。
この地区で起きた災害は大きく二つで、
・大雨により土砂崩れ
・土石流が原因でせき止められた川の氾濫
です。

図6
▲前山地区谷上でのヒアリングの様子と、昨年の災害で流木が引っかかった小さな橋。

土砂崩れ自体は、大雨が直接の原因となって、発生したというよくあるものですが、一方で、川の氾濫は偶然的なものであると個人的には感じました。

川の氾濫の土砂災害が原因となったものではあるのですが、ただ山が崩れてその土砂で川が塞がったというものではなく、土砂崩れが発生し、土砂崩れによって倒された木が、川に架けられている小さな橋に引っかかったことにより、土砂も合わせて詰まり、水が堰き止められたというのが発生原因でありました。

裏返して言えば、その橋が無ければここでの災害は起きていなかったとも言えますし、発生していなかった他の場所でもこのような災害は起こりえたとも言えます。

では、このようなことが起きない為にはどのようにすればいいかというと、結局は、地道に土砂災害の可能性が高い所に防護を施したりするというような、災害対策の積み重ねでしか対策が出来ないということだと思います。

一方で、家の建て方や、家の前の木の植わり方一つで被害を免れたという事例もあり、防災の難しさを改めて認識しました。

図7、8
▲(左)昨年度の被害の様子。家の前の植栽に流木が止まり家が損壊から守られている様子。また土砂が流され家の基礎は30cmほど浮いている。(右)一年後の現在の様子。手前が道路であったことが見て取れる。

また、この地区の被害として、亡くなられた方がお一人いらっしゃったそうです。しかし、実際に被災された方や、周りの方のお話を伺うことで、実際にはもっと被害が大きくなっていた可能性もあったと考えられます。具体的に言えば、一階で寝ていたご老人が、じわじわと浸入してきた水で一度頭まで浸かったにも関わらず間一髪のところで助かったという事例や、一階で寝ていたところ偶々夜中に起きて裏山の様子を伺っていたら崩れたために巻き込まれなくて済んだというような事例もありました。

災害の大きさを見る際には、亡くなった方や怪我をされた方の人数に目が行きがちではありますが、必ずしもそのようなことが言えないのではないかということを考えさせられました。

福知山では、由良川の洪水に対して、長年の間対策に苦慮してきたということを福知山治水博物館で目にしました。特に洪水が来ることを前提にして、3階建てにしてまで、川沿いに住もうとしていることを知りました。また、昨年度の災害の話を聞き、普段気付かない災害の必然性が日常に潜んでいるということ、また、復興段階に於ける、ボランティアの宿泊場所というような後方支援の大切さを再認識しました。

偶然性の積み重ねが高い災害という領域の中で如何に必然性を見出すか。そして、偶発的要素を引き起こす必然的要素を地道に潰していくことの重要性を再認識しました。