地域デザインをめぐって vol.09 “NEW YORK(1)”

Saving Place: 50 Years of New York Landmarks ニューヨーク市の歴史的建造物保存法50周年によせて

諸隈 紅花

今年はニューヨーク市のランドマーク法(歴史的建造物や地区などを市のランドマークとして保護するための法律)ができて50年という節目の年にあたり、これを記念していろいろなイベントが催されています。その中の一つである、Museum of City of New Yorkで行なわれた”Saving Place: 50 Years of New York Landmarks” の展示と、ランドマーク法の運用を行っている市の歴史保全委員会(New York City Landmarks Preservation Commission: 通称LPC)スタッフの同窓会パーティーに参加しました(私はコロビア大学の大学院生時時代にLPCでインターンをしていました)。ニューヨークは常にガラス張りのビルがどんどん建てられているイメージがあるかもしれませんが、実はまちなかを見ると歴史的建造物が残っています。LPCの公式発表によれば、歴史的地区内の建物を含めると約33,000の建物が保存すべき物件として登録されています(2015年8月現在)。

常に世界中から注目を集める大都市であるニューヨークにおいて、経済効率性が必ずしも高いとは言えない、歴史的建造物の保存は、このランドマーク法無くしてはできなかったことです。開発圧力の高いニューヨークでは築後30年以上(通常50年で設定する国が多い)が経過し、「ニューヨーク市、州、或いは国の特別な性質、特別な歴史的・美的価値、或いは発展・遺産・文化的な特徴としての価値を有しているもの」、という比較的柔軟な指定基準のもとに、歴史的建造物や歴史的地区、公園、インテリアなどが「ランドマーク」という保存対象物として指定され、所有者に保存を義務付けるだけでなく、外観の改修や増築に対しては市の歴史保全委員会(Landmarks Preservation Commission: LPC)の許可を得るという仕組みをとっています。大規模な改修や増築・歴史的地区に新しい建物を建てる場合などは公聴会を開き、市民参加・透明性が保たれていることも特徴的です。最近では透明性の向上のために、公聴会の内容がyou tubeで公開されることになったそうです。

▲LPCの公聴会。右の女性はある歴史地区内で提案されている改変が地域の文脈を無視しているとして、所有者の提案に対する反対証言を読み上げているところです。(2015年7月21日)

この“Saving Place”という展示会はランドマーク法の施行50年を振り返るのが主な目的です。ちょうど本展覧会を監修した、ニューヨークで著名な建築史家であり、コロンビア大学大学院歴史的環境保全専攻のディレクターでもあるAndrew Dolkart教授による展示の説明を受ける機会に恵まれました。

▲Doklart教授による”Saving Place”の解説。

彼によると本展覧会のテーマは3つあり、1つ目はペンステーション以前の歴史的環境保全運動の流れ、2つ目はニューヨークという現代的な都市のなかで歴史的環境保全を行うダイナミズム、3つ目はNPOをはじめとする草の根運動についてということです。

1つ目のペンステーションというのは、保存法ができる1963年に壊されたボザール様式の壮大な雰囲気を持つ駅舎であり、この建物の取り壊し(その後できた駅舎とマディソンスクエアガーデンというスポーツアリーナとオフィスビルの複合開発は市民にとってもあまり評判のいいものではないのですが)が、ニューヨーク市が保存法を導入する大きなきっかけとなったことはよく知られています。しかしDoklart教授はそこにいたるまでの、その他の地域のランドマークとして重要と考えられていたが、地下鉄の建設のために壊された教会のための保存運動や、移民にアメリカの歴史を伝えるために歴史的建造物を利用するための保存運動などの、ペンステーション喪失が大きな後押しとなって保存法の導入へと到達するまでの、ニューヨーク市の歴史的環境保全の運動の前史にハイライトをあてています。

2つめのダイナミズムは、保存法が導入されてから今までに、ニューヨークという常に発展を遂げている世界の中心都市で、歴史的な環境保全と開発を両立するための苦労や、時間がたつにつれて新しく「歴史的」になっていくランドマークや、様々な人々の価値観に基づいたランドマークなどの問題について触れています。例えば、歴史地区における新築のデザインはどうあるべきか、という問題は、LPC内でもこうしなければいけない、という基準を決めている訳ではないので、試行錯誤がありました。最初の頃は、歴史的地区のなかの昔の建造物のスタイルを真似たデザインが、建物の所有者側からだされたことがありましたが、LPCではそれは現代的な建物のデザイン表現ではないということで(古いものと新しいものを明確に区別するべきという考え)、建物のスケールや周囲の歴史的建造物の窓割のリズムを取り入れるなどにより、主となる歴史的建造物群に対して従となる関係性を作り、全体になじむようなデザインを作っていくという方向性ができていきました。また、築30年以上でランドマークとしての指定ができるということは、古くからニューヨークに住んでいる人にとっては自分と同時代を生きてきたようなアールデコやいわゆるモダニズム建築さえもが、次第に失われ始めるなかで、保護の対象となることも意味しています。展示にも取り上げられていましたが、私がニューヨークに住み始めた2005年に、1964年に竣工した2 Columbus Circleというミッドセンチュリーモダンの建物のファサードを刷新する計画があり、歴史家や一部の市民の反対運動にもかかわらず、その当時のLPCの委員長はランドマークに指定しないという判断をとったこともありました。また、ニューヨークでよく「プロジェクト」と呼ばれる、戦後、低所得者のために建てられた公共住宅のなかにも、建築的な価値があると判断されてランドマーク指定されるものもでてきており、対象となる建物の種類も拡大しています。

▲歴史的地区内の新築や大規模改修の事例。真ん中の建物がSoho Cast Iron歴史地区内の新築建物(アルド・ロッシ設計)

▲歴史的地区内の新築や大規模改修の事例。火事で無くなった、Pratt Instituteの建築学部の校舎の一部分への改修の事例(スティーブン・ホール設計)

本展示を見ながら、この50年間を振り返って改めて感じたことは、ニューヨーク市における歴史的環境保全は1日にしてできたものではなく、長い保存法の運用の営みのなかで、市や市民が試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ、大都市における歴史的環境保全のありかたを積み重ねてきたものであり、都市或いは界隈レベルの個性を生かした景観を作ってきたことに貢献してきてた、ということでした。確かに歴史的建造物に興味がない、建築をやっている友人によれば「LPCが関わってくると許可がすぐおりないし、自由にデザインできないから面倒くさい」という否定的な意見があるのも事実ではあるが、保存法とLPC、そして情報公開の仕組み、公聴会、NPOとの連携などの市民参加を可能とする仕組みによって、現代の都市景観が、市民の後押しを得て、その過去の蓄積をうまく生かしながら出来上がっているということは、注目に値することなのではないかと思います。

最後に、今年の6月30日にランドマーク指定されたばかりのStonewall Inn について簡単に紹介することで、ランドマーク法が多様な価値観をも保護している事例を紹介したいと思います。Stonewall Innはマンハッタンのグリニッチビレッジ歴史地区内にある建物で、もともと19世紀前半に馬小屋として建てられたものが、その後用途転用を繰り返し、1960年代にゲイバーとして使われるようになったものです。実はこの建物自体は1969年4月に指定されたグリニッチビレッジ歴史地区内に入っているので、保護はされているのですが、今回の単体の建物の認定はニューヨークにおけるLGBT(Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender)の歴史における重要な価値に焦点をおいた指定になっています。Stonewall Innは、その当時権利が認められていなかった同性愛者が、1969年4月にStonewall Innというバーへの警察の踏み込み捜査に対して、初めて対抗したストーンウオールインの反乱の舞台となった場所であり、この事件をきっかけにニューヨーク市だけでなく全米でLGBTの市民権を促進するための法律が作られたということで、彼らの人権を守るための活動の礎ともなった重要な場所であります。

▲現在のStonewall Inn(真ん中の建物)

一方でグリニッチビレッジ歴史地区内の建物なのですでに守られているのではないかという疑問がわき、友人で現LPCのスタッフに聞いて見たところ、今回の単独の建物としてのランドマーク指定は、グリニッチビレッジ歴史地区が指定された時のDesignation Report(すべてのランドマークが指定されるときにその範囲や歴史、指定の理由を記したレポート)が書かれた時にはまだ起こっていなかったことであり、LGBTの歴史における重要性は加味されていないため、今回の指定の大きな理由となったストーンウオールの反乱が起きた時の建物の外観を守る根拠にはなりえないという理由から、あえて単体でのランドマーク指定に至ったとのことだそうです。

以前、ニューヨークで知り合った人の一人に「誰の歴史を守ろうとしているのか」という問いかけを行った人がいて、それが私の中では非常に印象深かったことを覚えています。Stonewall Innのランドマーク指定は、ニューヨークのランドマーク法が、いわゆるメインストリームの人々の歴史・文化的な重要性を持つ建物だけでなく、LGBTや移民、有色人種などのマイノリティの歴史をも反映することができるツールとして、多様性を重んじるニューヨーク内で使われてきたことがよくわかる事例なのではないかと思います。

参考文献
New York City Landmarks Preservation Commission, Stone Wall Inn Designation Report, (June 23, 2015)
http://s-media.nyc.gov/agencies/lpc/lp/2574.pdf