地域デザインをめぐって vol.08 “卒業研究”

卒業研究を振り返って

伊奈 ゆう子 + 太田 慈乃 + 澁谷 崇 + 窪田 亜矢

伊奈、太田、澁谷の卒業研究が終わって3ヵ月が経ちました。初めて「研究」に向き合った1年を先生と振り返ります。

伊奈「下北沢における住商混成がもたらすホームタウン性に関する研究」
太田「埼玉県川口市における職住一体と産業集積の地域構造に関する研究―首都圏における住工混在地域の変遷と実態に着目して―」
澁谷「郊外商業集積地における小さな滞留の分布と発生要因に関する研究―交通結節点である原町田を対象として―」

卒業研究の対象の決め方

窪田亜矢── 卒業研究については、設計でも論文でもありだし、対象地から決めてもテーマから決めるのもありだということから出発した。どうやって決めた?

伊奈ゆう子── 場所から入った。最初、被災地と迷っていて、一ヶ月以上は下北沢と被災地の二つを調べながら研究室会議にもってきていた。 夏休みに入る前に下北沢に決めた。もともと一番気になっていたまちだったから。 大学院進学を決めていたこともあって、卒論と修論という二段階がある意識をもっていて、まずは自分の原点になるまちを徹底的に取り組んでみたいと思っていた。 そのためには現地に何度もいけるところという意味もあった。

▲街の変化を憂う人もいれば、見守る人、期待する人もいる。歩行者がひしめくヒューマンスケールの街並みにそびえていた、小田急線地下化に伴う下北沢駅工事のクレーン。(伊奈)

窪田── 「自分の原点になるまち」とは?

伊奈── 都市工に入ろうと思ったときから気になっていた。都市を考える枠組みを頭の中で捉えるとき、他のまちをみるときのベース、自分の生まれたまちとの対比など、自分が一番知りたいまちだった。研究したいという想いの原点。

太田慈乃── 私も場所から入った。興味のあることをとりあえず持参するという当初から、川口だった。自分が昔から住んでいる土地で、何となくベッドタウンというのがずっと心にあって、否定的な気持ちを持っていた。自分のところは団地開発で、年齢層も一緒で、高齢化問題もあった。 そこから、川口を考えていく中で、ベッドタウンに絡めて、地域が持っている文脈を読み解くという作業に関心があるな、そこをみていきたいと強く思えた。

伊奈── 私もニュータウン育ちだから、そういう問題意識は持っていたなー。

澁谷崇── 対象地から入った。その土地のためになる、自分が興味が持てるまちにしようと思っていた。最初は、最寄りだった相模大野で、ちょうど再開発していて、失われたものを探そうとしていたが、時間も足りず、そもそも課題認識もわからなくなった。 もうひとつの最寄りである町田が面白いことに気付いた。 で、町田にしたけれども、自分の見通しが立っているとか、何かしらの理由がないと研究がしづらいと思っていた。そこで、対象地の側面や論理を自分の中で組み立ててから、研究には入りこみたいと思っていたので、この土地ならではのテーマ探しをしていた時期が、少し時間がかかりすぎてしまった。模索する段階が長すぎた結果、実際の調査の時間が足らなかった。

対象地に対する理解

窪田── 3人とも対象地を先に決めてから、テーマを考えたということですね。 で、卒業研究として向き合う中で、対象地に対する理解は変わった?

澁谷── 対象地自体というより、色んな人、今まで関わりなかった方やまちづくりをやっている方と話せたのが、一番良かったと思っている。 自分が漫然と過ごしていた繁華街が、実は色んな人の努力によってできているということに改めて気付いた。見るべき視点は広がった。 関わりなくて見落としていた部分に対して、たとえば老舗や小さな店もあって、自分の興味ある店舗しか認識していなかったことに気付いた。 見落としていたまちづくりの観点でつくられているもの、たとえば道端のベンチに込められた意図をみることができるようになった。


▲卒業研究テーマ設定に大きな影響を与えた、仲見世商店街入り口の老舗商店を目当てに出来る、原町田随一のにぎわいの写真。(澁谷)

太田── 卒論をやっているときに、論にはならなくても、自分の持っている価値として、純粋住宅地よりも住工混在のような市街地を評価できるようになった。 お話を伺っていると、工場の人の厳しい取り組みを理解して、地域が生業とともにあって、地域がそれとともにできてきたという経緯を認識して、それを食いつぶしてしまうのはよくないなと思った。 私の住んでいるところも、実は町工場がちょこちょこあって、通学しているときに五月蝿いなと思っていたが、愛おしくなった。

窪田── 食いつぶすってどういうこと?

太田── 開発圧力でやられるということ。何がなくなるかといえば、そこで操業できなくなるということ。工場を食いつぶすことで、そこにあった工場が生み出していた文化、川口だったら、初午太皷がなくなっていったし、工場の親方と下請けを中心としていた地域のコミュニティもなくなって、物理的にも色んな面にも変化をもたらしている。


▲工場のはみ出した利用と働く人の姿(太田)

伊奈── 太田さんが探しているときのかっこよさ!未亡人みたいだなと思っていた。無くなっちゃんだけど、探しているという感じ。12月ぐらいだったか、きっとある、という残り香を探している感じ。お互い、必死だったから、横で頑張ってねと思っているぐらいだったけれど。12月といえば、他研究室と合同の中間発表もあって大変だった。

全員── 完全対外試合!(窪田欠席!)で叩かれると、ありがたいけれど、へこむー。

伊奈── 下北沢は行くと、癒されたり、直感的なところでつきあってきたまちだったので、一度ひいて客観的に捉えようという努力が必要だった。当時はすぐにはできなかったが、今は、できるようになった。客観的になれたし、他のまちと比較するような視点で捉えられるようになった。 舞台裏をみるというような経験を、ヒアリングを通して知った。店の人は仕掛け人、まちに何を仕掛けているのか、最近思わず探してしまう。 元の、大好きだったときの何でこんなに楽しいのだろう、という気持ちを、思い出せないわけではない。昔の友達といったり、ベロベロに酔っているときだけ、その気持ちを思い出せる。

太田&澁谷── 酔っ払ってサイコー!と思えるなんてすごい!

伊奈── シラフのときはだいぶ普通になった。 若者じゃなくなった人が下北沢にそういう変化をもたらした部分もあるかもしれないし、別のまちにまたそういう想いを見出せるかもしれない。そんな大人を何人も見ている。

澁谷── 商業から住宅を広げて研究対象にしたことで、前の興味が広がったというのは?

伊奈── それはある!家庭教師で周辺の住宅地に行ってきたときには、ここも下北沢の一部として理解するようになった。そこのおじいちゃんは毎日下北沢に行っているし。お屋敷に住んでいる人が実際に支えているというのをみたから、イメージが変わった。

卒業研究の改善点

窪田── 卒業研究の自分なりの取り組み方を振り返って改善すべき点は?

澁谷── 都市を研究するに当たっては、二つの専門家になることが大事。ひとつは対象地に一番詳しい人にならないといけない。そこの第一人者になるということ。あとはテーマという研究分野でも第一人者になる、つまりは既往研究のレビューはちゃんとやって、どこまでが明らかになっているかというぐらいはわかっていないと、総合学習になってしまう。 その認識が二つとも甘かった。

太田── そこめっちゃ大事。最近、広島土砂災害の復興デザインスタジオをやっていて、本当そう思う。

伊奈── 下北沢の調査に時間を使ってしまって、テーマとしての既往研究に太刀打ちできる調査設計をすることができなかった。

澁谷── 卒業論文を、一回で書き切るというよりも、とりあえず何ラウンドも回さないと無理だなと思った。設計と一緒で、大きく設定して、それだけやります、ではない。 自分としては、二つの領域の専門家になるという意識が欠けていた。研究としてではなく、自分の興味関心のある分野を調べるだけになっていた。

伊奈── 単純には、タイムスケジュール感が甘かった。成果物のために何が必要か、そのためにどんな労力が要るのか、というのもあったらいいが、難しい。

澁谷── 中間発表などで一度は論文にしてみるというのもあり。レジュメではなく、わかっていることをちゃんとまとめてみるという作業をすると、自分が抜け落ちている点もわかるし、論を立ててみて、背景資料がないことにも気づくかも。 レジュメは、発表資料になってしまって、背景資料が集めきれなかった。

伊奈&太田── 同じ反省はあるが、、、

伊奈── 研究としてうまくいく道とは限らなかったけれど、設計をせぬまま、どんどん発散しながら調べて行ったことは、良い面もあった。卒論はそれでいいのかもしれないという想いはある。近道ではないけれど、一回失敗してみるというのもある。

澁谷── 卒論は、研究のやり方を一度学ぶために、やってみるもんだという感じはある。

太田── 調査と論をまとめる兼ね合いも、やってみて、少しはわかったような気もした。調査がめっちゃ散漫になった、調査が楽しかったし。

伊奈── それだよね!

太田── 先生が11月ぐらいまでは調査をがっとやって、みたいな発言はあったので、そのようなタイムラインはあったが、それ以降は、文章にしていくという作業は若干やってみた。

伊奈── 調査していて、楽しかったからいいなというのもあるし、楽しいけれど、散漫だったなという反省もある。その期間が長かったからトライアンドエラーというのはやれた。自分の研究を掘る。

太田── 11月という時期は、自分が若干遅れていた。9月に部活を引退して、10月から本腰をいれたので、私にとっては適切だった、後半がっと書き上げるタイプだし。

伊奈── そのぐらいまでは調査はあるけれど、調査期間はいきなり終わるというのは困難だけれども、意識としては、組み立てようという切り替えはあっても良かったかも。

澁谷── 対象地におけるテーマを深めるという点も重要。対象地のテーマを尖らせておかないと。

伊奈── それが新規性だよね。秋ぐらいまでに、広くやっておいて、尖らせようという意識を持つことが重要。


▲研究室最初の卒業研究をやり遂げた3人

卒業研究で得られたこと

窪田── 真剣に向き合ってきた卒業研究から得られたことは何ですか?

太田── 都市工に入って一番がんばった。半年ぐらい向き合い続けた。それは糧としてある。

澁谷── 都市を扱う上で少しは研究のやり方はわかった。

伊奈── ここは深入りするとやばいなーとか、ツボみたいなものは、多分、わかった。

太田── 言葉の言い回しなどは気をつけるようになった。〜だろう、とか。論文とはなんぞや、というのは、4月になってから世の中に出そうと思って学んだ。根拠をどう組み立てるか。

伊奈── 世の中に研究成果として出すためには濾過が必要。せっかく調べたことでも、言葉を選ばないと研究として成り立たないし無為になる。 反対に、とりあえずでもぼんやりしていても冷静と情熱の間であえてまとめるという作業も必要、それを辛いけれどもやる、というのが大事。 探究心に基づいて動いていると、無理にまとめるという作業をしたくない。もっとなんかあるかも、という気持ちで進んでいるときに、ダイアグラムにまとめてしまうというのが難しかった。 自信がないにもかかわらず、断言もしないといけないのが辛かった。

窪田── いったんはそうやって悩みながらダイアグラムにしてみるということ、そこから何が導けるのかというジャンプはしてみないと、何がわかっていないかもわからない。

修士研究に活かすこと

窪田── 最後に、これからの修士研究に活かそうと思っていることを教えてください。

太田── 対象地を詳しくみましたという論文だったので、もう少し一般化したい、上の次元にあげたいという気持ちはある。既往研究を調べて、自分がやりたいということだけでもなくて、その意義に意識的になる必要があると感じた。

伊奈── すぐに研究に結び付けられるか否かというより、自分で考えて自分で研究するという姿勢はこのまま続けたいが、自分の研究分野を広い視野ではみられていなかった。それで、一度、広く勉強してから、またフィールドに立ちたい。今はそういう時期だと思う。 自分はまちへの愛着みたいなテーマを扱っていたが、都市工の分野って、もっと危機的なことを扱っている分野がたくさんあると感じている。でも世の中に課題は色々とあると思っていて、それにフィットするような研究でありたいと思う。 世の中に直接、役に立つという意味で、たとえば防災という意味での工学的な研究の全体をまずは知りたいということと、自分の興味分野を工学的な知見にする方法を探したい。 実現に結びつける手法や技術、スキーム、考え方が重要だと思う。

澁谷── 既往研究は早めに読みたい。ちょっと読み始めているけれど、難しいな。あとは対象地を決めて、早めに入りたい。でかいことや世の中のためになることをやりたいにしても、地道に一個一個のものをつくっていかないといけないんだなと。これやっていて、でかいことにつながるのか、わからなくても。

伊奈── 意外と道のりは遠い。粘り強くやらないと。ショートカットしようとしても無理。

太田── ほー、そう思っていたんだ、澁谷君。意味がわからなかったことが「あ、これ」となると、めっちゃ幸せ。何も見えず苦しいときと、若干、光があって嬉しいときと、論が見つからず悩むときと。研究には変化がある。

伊奈── 一言で言うと、しんどかった。辛いというよりは、良くも悪くもずっと走り続けていた感じ。燃え尽きた。

澁谷── こなした感があって、もったいなかったな、という後悔もある。どうせ時間がかかるし。

伊奈── そういうのは後輩に伝えたいよね。そこ粘って、というコメントがあったときは勇気がわいた。そろそろまとめれば、というのもありだけれど。

澁谷── 一緒に作業をしたくなったりして。自分がとっかかりがわからないときがあったから。どう相談すれば良いかもわからなかった。自分のことは見えづらくても。

伊奈&太田── お互いに見える力はあるはず。

– – – – –

 受け身の勉強に典型的だが、自分が知りたいことを知ろうという態度がないと、誰かがすでに確立して、社会に共有されている情報を編集し、円滑にみえるストーリーをつくることが良いと思ってしまいがちだ。 研究は、全く逆で、自分が理解したいことを理解するために、誰も知らないかもしれないディティールを自分の体を使って調べ、組み立てることに意義がある。 少なくとも卒業研究はそのことに気づく契機になったのだと思う。 理解したいことがどんどん深まっていく時間ほどスリリングなこともない。そんな時間が待ってますよ。修士の二年間も楽しくやりましょう。(窪田)

– – – – –

おまけ:ツイートで振り返る卒業研究