#45

この景色をみてどこだかわかる人がいたら、かなりのヤンゴン通である.1852年にヤンゴンが英領となった頃は、戦火で街は焼失し、小さな漁港とシュエダゴンパゴダ(黄金の寺院)に通ずる巡礼者のための道しかないような沼地だった.ヤンゴン川の河口から北上すること32キロ、英国人計画者はラングーンの第一印象はこの船からの眺めであることを意識しながら、ヤンゴン川に面する東西4マイル、南北1マイルほどの長方形の低湿地帯を埋め立て、碁盤目状の街を作り、英国式の建物を建設していった.当時初めて植民都市ラングーンを訪れた人が最初に目にした光景は、これに近かったに違いない.

今も昔の面影を残すヤンゴンの街は、そこに住む人々の生活感と活気に満ち溢れている.が、同時に民政化以来、猛スピードで変わりつつある.まるで長い間軍政のもと「凍結」されてきた街が、自然解凍ならぬ電子レンジで一気に解凍されていくような感じがして落ち着かない.英国人が英国人のために作った街と、現代を生きるミャンマー人はどう付き合っていくのだろうか.

※ちなみにこの写真は2014年に日本政府から寄贈された、ヤンゴン中心街CBDと対岸の街ダラをつなぐフェリーから撮った.日本人ならばただで乗せてくれる.

2017.10.2 T.Matsushita