2015年9月13日午後、京都大学桂キャンパスにて、京都大学景観研・山口敬太先生らと東京大学地域デザイン研究室の合同研究室会議を、昨年に引き続き開催しました。
今年のテーマは、プロジェクト報告会でした。

京都大学:山口、牧田裕介 (M2)、金鍾源 (M2)、川崎誠登(M1)、朱豊(B4)、大川雄三(OB、日建設計シビル)、湯川竜馬(OB、日建設計シビル)
(注.近江八幡PJメンバーは +岩本一将(D1)、水野剛志(M1)、三輪潤平(M1)。インターンで不参加)
東京大学:窪田、柄澤(M2)、柴田(M2)、益邑(M2)、李(M2)、伊奈(M1)、太田(M1)、澁谷(M1)、諸隈(D1)  (敬称略)

1. 特別講義:山口敬太さん(京都大学)
2. 大きな変化と個々の生活をつなぐ、復興デザイン
(M1 伊奈 ゆう子、太田 慈乃、澁谷 崇)
3. 小高の復興デザインを考える (M2 李 美沙)
4. 三国プロジェクト (M2 柄澤 薫冬)

1. 特別講義

冒頭に、山口敬太先生から特別講義をいただきました。

縦軸は2015年2月に上梓された『日本風景史 – ヴィジョンをめぐる技法』(昭和堂)、横軸は山口さんが取り組まれている京都宇治の生業風景でした。その二軸によって、風景を如何につくるかと問いかけられました。
『ヴィジョンをめぐる技法』は、時代ごと地域ごとの世界観の中で、自然の中にどのような風景を見出してきたのか(そしてそれを作り共有してきたのか)、いわば美の問題といえます。
一方、一連の茶産業を支える宇治の風景は、非常に美しいものではありますが、それが存続してきたのは、地形地質を基本とした効率や合理性によるものでした。
そのどちらもが危うい状況の中で、そのどちらの方向性をも実現していくにはどうすればよいか。
山口さんは『日本風景史』のあとがきの中で、風景史学を実践の学として意味を持たせること、すなわち「風景を見るまなざしをふたたび育て上げ、空間文化の再生を試みることを通じて、人々が環境との間に築いてきた関係を、環境創造を通じてふたたび自らに埋め込む(還元する)ことも可能であろう」と論じています。

以下、議論したプロジェクトの様相も、そうした実践の一部であることを認識しました。

2. 大きな変化と個々の生活をつなぐ、復興デザイン
M1 伊奈 ゆう子、太田 慈乃、澁谷 崇

M1の3人で、前期授業の復興デザインスタジオでの成果を発表しました。 題材は2014年8月に起きた広島土砂災害について、被災から一年後ということを踏まえた提案内容でした。 3人ともそれぞれの班で議論・提案したことを発表しました。

伊奈「生活防災に資する八木用水のリ・デザイン」

発表で伝えたかったこと

ミニマムな空間改変をきっかけとして動線や地域社会に小さな変化をあたえ、強い防災意識や知識に必ずしも依らずとも早期避難や共助を誘導することのできる地域の空間構造を計画しようとした。 今回の提案としては、地域の共有財として地域住民になんとなく認知されている八木用水のポテンシャルを活かして、日常利用しやすくかつ災害時には安心感を与えるスポットを線状に配置した。八木用水沿いの空間を現状より豊かに利用できるように改変することで、日常においては「あそこに行けばいつも誰かがいる」という地域のコモンスペースとして、災害時は「とりあえず八木用水まで逃げよう」と思わせる避難のよすがとして機能することをねらった。

質問とやりとり

・用水沿いの提案によって地域らしさを作っていきたいという意図に反して、どこにでもありえそうな空間提案になってしまっているのではないか、という意見を頂いた。新しい住民が多く、密なコミュニティや地域固有の活動は少ないと思われる現状の対象地域においては、まずはありきたりでも気軽に使いやすい滞留空間をつくり、その次の段階として、そこでの出会いや活動を地域らしさ醸成の契機として活かしていくというプロセスが必要と考えた。

・制約条件が多そうな狭い街路であるにもかかわらず、道路とオープンスペースを分けて考えてしまっているのでは。画一的でない多様なみちを活かした一体的な設計ができるのではないか。という質問を頂いた。個々の交差点に点在する空地等を対象に改変しているため、街路景観としてはそれらが連続して見え隠れすることを意図している。また、そうした小さな単位で改変を始められることが、大きなインフラ整備優位の復興計画には欠けている地域復興のツールとしては重要であると考えた。

・土砂災害までの時間や警報や避難場所への時間や避難スペースの大きさ、などの計画の条件は算定したのか。道路の寸法とか高齢者で歩けないと自動車動線が要るとか、現実問題と擦り合わせていくと、そういうことも出てくるので、詰めていけると面白いのでは。という指摘を頂いた。避難時間については、新聞記事の整理により早期避難するに越したことはないという立場に立っていた。

答えられなかったことや、今後に向けて考えたこと

コンセプトに共感を得ることはできてもツールとしていまひとつ説得力がない空間提案になっていると自分自身感じており、その一因が、地域性がデザインに表出していないという点をご教示頂いたと考えている。しかし提案の根幹は、地域のあらゆる住民にその共感を共有してもらうことであり、そこから改めて、この設計に代わるより地域にとって合理的な「安心感の場」の姿を模索できると、よりよい空間になるのではないかと思う。道路に対して無関係すぎる配置だという指摘は、私自身がきちんと考えきれなかった点。現状の家屋や敷地割を変えぬままやっているので、狭い幅員の道路に対して無理やりできることを図面に起こしているに過ぎず、その街路が地域に住む人にとってどういう性質を帯びるようになるのかまでを提案の射程に入れることができなかった。また、時間や距離の計画の条件についての指摘については、やはり空間設計による復興デザインの提案であるからには、与条件を整理するにあたっての考え方や、根拠となる調査・データを明確に示すべきであったと考える。

太田「沿道空間による地域性の再認識」

発表で伝えたかったこと

まず今回の復興デザインスタジオでは、市の策定した復興計画を元にして、学生の立場から提案できることということで議論していった。その中で、自分たちの沿道班では特に、新しいものやまるっきり異質なものを受け入れていくだけではなく、地域の土地や風景を読み込んで復興に生かしていく、しかも住民の生活に近い部分から最低限の空間改変を行うということを目指した。そのもたらされる結果として、災害に対して強くなるだけではなく、地域が自分たちの土地への認識・関心を深めていくという両面の方向性を考えた。

質問とやりとり

私たちが「地のルール」と呼んでいるものの策定意図、特に具体的な寸法等について質問を受けた。寸法については班内でも具体的な検討ができておらず答えられなかった。道路沿いに庭先を設けるというルールの部分について、現状は庭先もかさ上げし住宅と同レベルになっているが、山口先生からご指摘いただいた通り土砂災害からの対応を考えるならば道路と同じレベルが望ましいと思った。

答えられなかったことや、今後に向けて考えたこと

復興デザインでの提案を行っている時に、自分たちの提案を強く押し出すことが果たしていいことなのか、という不安感を常に抱えたままだったし今も解消されていないことを実感した。それは、自分たちに技術的検討の能力がないことと、今回は現地での調査不足もあったことからくる根拠のゆらぎだと考えている。一方で、復興に絶対がなく、災害という予測できないものに立ち向かう以上、やはり柔軟性が必要であるしこれだということを言い切ることができないという事実もあると感じた。

澁谷「住み続けられる地域への「つなぎ」〜都市計画道路建設を契機とした前向きな将来像〜」

発表で伝えたかったこと

「みちにわ」という日常利用も非日常利用も可能な、小さな広場の概念を提案し、 地形という地域固有の小さな財産に着目し、一工夫を加えることで、防災に対して有効に対策が出来るということを伝えた。 現在の車道が通っているところに比べて、家が建っている街区内は標高が相対的に高く、被害の実情としても土砂の流域として道路沿いが中心であったことに注目した。 そのため、街区の中に非常時に避難出来る道路、空間を整備することを目標とし、それに付随して、地域のコミュニティをつなぐ 広場も合わせることで、日常時には地域コミュニティを、非常時には安全な空間をつなぐものとしての「みちにわ」というものを提唱した。

質問とやりとり

周囲との関係上視線をどのようにするか、家の中の快適さと広場の心地よさをどのように設計するかということ、また提案をより深化させるためにも、住人数に対する具体的なスペースの大きさや、道路の寸法など詳細を詰める事の大切さをご指摘頂いた。 実際の復興の現場で役に立つものであるかという点に於いては、詳細なところまで検討しリアリティーを持った上で、提案するということが大切であり、まだまだ検討が不十分であることを実感した。

答えられなかったことや、今後に向けて考えたこと

今後としては、これが実際の土地に落としたときにどのような空間になるかということを詳細により丁寧に検討したい。

まとめ

最後に山口敬太さんから、全部の班をつなぐストーリーは何かというご指摘を頂きました。この部分については、スタジオでも現地発表にむけて発表の流れを作っている時にも議論には出ましたが、結局各班が提案の対象としている場所でのまとめをしていました。安心感を感じる要因はハード的なものではなくて、縦みちの庭先の空間のように人の手が入ったものではないのか。容器としての空間ではなく、人の関わり方の中にも、さらに、住民の参加の景気になるものもあるのではないか。というストーリーのつなぎ方を示して頂きましたが、このご指摘については八木用水班から、水が共通のキーワードになっているという答えがありました。八木用水に限らず、谷川、縦みちを流れる水路、豪雨時の雨水など、多様な水と密接な地域にもかかわらずその関わり方は未だ明確でなく、今回の提案を契機に、地域が水を大事にしていくというストーリーを描けるとよいのではないか、と考えます。

3. 小高の復興デザインを考える
M2 李 美沙

発表で伝えたかったこと

井の中の蛙になりがちなので、今回のように普段異なるフィールドを対象としつつも、問題意識を共有できる研究者の方々の意見を一度にいただける機会はとても重要な場だった。私の役割は、小高の現状とチームで取り組んできたことを正しく伝えること。そこから、これまでのやり方についての客観的な意見が欲しかったというのと、考えても答えの出ないことについて一緒に考えてもらうことで深めていきたかった。発表概要は、小高の豊かさ、被災後の状況と活動の芽生え、プロジェクトでの取り組みといった内容が主で、論点として、被災地小高の特殊性を「広域」「放射能汚染」という二つの観点から考えていることをまとめた。

質問とやりとり

・次世代への継承をどう考えているか?
→(李:)高齢者だけではなく若い人の意見を取り入れる必要がある。
・仕事を生み出す必要があるのでは?
→(李:)七本の柱のうちの四本目「新たな生業に挑戦する」で考えていること。災害危険区域に宇宙産業を取り入れたいという人もいれば、お花を植えてきれいにしたいという人もいる。文化的な背景や町の歴史と違う文脈をどこまで取り入れていいのか…。

・全体的に一気に底上げしようとしても難しく、時間軸を考慮して復興の顔となるところをどこでみせていくのか?
→(李:)公費解体が始まっているので、まず、まちなかから考えている。
→(益邑:)まちなかだけでなく、在全体が重要、という話も同時に考える必要がある。しかしまだ在ごとのプランを上手くつくれていない。

・空き家空地がたくさん出てくると思うが、そこについて何か考えているか?
→(李:)在によっては、空き家バンクみたいな取り組みをやろうとしている所もある。自治会費の半分を納めて、代わりに維持管理をしてもらう。
→(益邑:)空き家については、動物の住処になっていてリフォームが必要、戻らないと決めた人は解体費用が出て無くしていくので空地は増えていく。

答えられなかったことや、今後に向けて考えたこと

− 新しい生業を生み出すことについて
文化的背景や町の歴史と違う文脈のものを取り入れるべきかどうかということと、その判断基準が定まっていない。原子力発電所に勤めながら農家をするという人も多かった地域で、抜けた穴についてどういう対応をしていくか、答えが出ていない。ソーラーパネルが増えてきたり、ロボット産業が着目されていたりという実態はあるが、雇用が生まれるのかという点でも疑問が残る。

− 浪江等、避難指示解除がまだ先の自治体に対してどういう役割を果たせるのか?
約五年間、避難指示のある小高でも、原町に新居を建てて住むことにした人も多いという。またさらにブランクのある浪江等他自治体に対して、故郷に帰るまでの期間、小高で暮らしながら自宅を直すようなことをサポートしたり、週末だけこちらに来る方の拠点となる場所をつくったりということをすべきなのか、可能なのか。また他にどのようなことが求められているのか。

4. 三国プロジェクト
M2 柄澤 薫冬

発表で伝えたかったこと

・三国プロジェクト概要
日本海側・九頭竜川の河口に位置する湊町、福井県三国。かつては北前船の寄港地として、豪商の店が連なる賑やかな街だった。しかし明治期以降、鉄道が船にとって代わり、まちの産業はなくなった。近年の少子高齢化・モータリゼーションも追い打ちをかけ、中心市街地は衰退の一途を辿っている。中心市街地に新たな活力を与えるべく、都市デザイン研究室では坂井市の委託を受け、2軒の空き家の改修・運営提案をすることとなった。しかし、2軒の空き家だけではまち全体の意識を変えていくことはできないと考え、目指すべき姿である「まちなかビジョン」と、それを目指すために個々人がどう動いていったらよいか、例えば具体的な補助制度や事例の紹介などを書いた「空き家改修(運営・利用)の手引き」の2つを作成することを本年度の目標としている。これには、「三国祭」と「強いつながり弱いかかわり」という2つのキーワードがある。まず北陸三大祭の一つに数えられる三国祭。普段は三国の外で働いている若い層も三国に戻り、皆が誇りをかけて準備をする。三国には祭という若い人が戻ってくる基盤があり、中心市街地もまだまだ残っている。そして、その時に重要となるのが「強いつながり弱いかかわり」である。三国祭や濃い人間関係の残る三国では「三国に血縁がある(強いつながり)が、外で生活している(弱いかかわり、逆に弱くても祭などを通して関わりがある)」人が、まだかなりの数存在する。だからこそ彼らがまだ残っている今、祭や街並みを利用したまちづくりを行うべきであると考え、今回は三国祭で集中的に行った調査の分析を踏まえ、非日常から日常のまちづくりをデザインしていく方針について発表を行った。

・何を伝えたかったか
実は合同研究会が始まる直前まで、修士研究のテーマとしている復興のことについて発表しようと考え、スライドを準備していた。復興を起点に日常のまちづくりを考えているものの、京大側にとっては普段から専門としていない分、学びはあっても実感ベースの納得が少ないように感じた。内容としても、復興の基本的な背景知識が共有されている前提で、現在研究対象としている地区の復興プロセスについて詳しく述べるという内容で作ってしまっていたが、本来は復興プロセスの違いを述べた上で地区の個別の事例を取り上げるべきであった。そこで、京大側と肌感覚が共有できるテーマで発表をしたいと考え、まちの規模が似ていて、住民説明会用の準備もあった三国プロジェクトを選んだ。しかし、こちらのテーマで発表をする際には、まちの基本的な背景や問題をいかに短い間で簡潔に共有できるかが良い議論を導くのに重要となる。漸進的に成長していくものなのかもしれないが、まだまだ伝え方に課題が多く残ってしまったと反省している。今回は、基本的な情報のみを精査して載せた地図や、今までのプロジェクトでの取り組みを簡単にまとめたものを予め準備しておくことの重要性を改めて感じた。

質問とやりとり

・祭について
かつて祭では、繁栄の象徴として、山車に凝り、盛大に人をもてなしていた。今でも祭になると人々は活気づき、見栄とでも呼べる誇りの名残が残っていると言える。そうしたときに、そのような三国人としての気質が日常に表れている部分があるか、またあるとしたら、それをまちづくりとして活かせる部分がどのようにあるだろうか、という質問を頂いた。それこそまさに考えていかなければならない部分であるように感じる。今の時点では、祭などの非日常に備えた物理的な空間が日常のまちを構成する重要性を指摘しているが、その一方で三国に暮らす人はこういう人間性だからこういう空間が必要である、こういうプログラムが有効である、といったようなことも重要である。今はまだ三国での暮らし方を理解するには至っていないため、住民へのインタビューを重ねて一般化していきたいと考えている。

・本年度目標の「空き家改修の手引き」について
「空き家改修の手引き」の対象は三国のまちなかに家を持っている人なのか、という質問を頂いた。確かにこのガイドブックを見て直接的に行動を起こせるのはそのような人に限られる。三国だけに限らないが、非都市部では空き家があっても中々不動産市場に乗らないという問題が大きくある。そこで、まずはオーナーに新たな概念であるリノベーションという可能性を示すことで、1人でも興味を持ってもらえる方が出てくればまちに大きな影響を与えられると考える。また、三国でなにかをしたいがきっかけがなかったり何をやればよいか分からなかったりする人、やることは決まっていて場所を探している人など、店子として入る方に、三国というまちを発見してもらう手段になると考えている。

・まちの重心について
安土(滋賀県)も祭を盛大にやっていて、交差点にある銀行建築をコミュニティ施設にしている。祭りのときも解放しており、まちの人が集まっているものの、逆にそこだけになってしまい、歩いて5分圏内にも他に生まれていない。その事例と比較したときに、重心以外での三国での屋外行動はあるのか、という質問を頂いた。確かにそこが課題であり、重心があるから(生み出したから)といって自然と回遊の染み出しが起きているわけではない。特に三国のまちなかは建て詰まっているのが特徴で、公園1つなく子どもが遊べないという話を聞く。重心を生み出す一方、公園のような、言ってしまえば普通だが、そのまちには足りていない、地となる空間を同時に整備していくことも必要なのではないかとも思う。まちの地となる空間とはなにか、精査しつつ三国のまちに必要なものを考えていきたい。

これから考えていくこと

以上の質疑ででたような課題を精査しつつ、最終的な目標として「空き家」という切り口からヴィジョンや改修のガイドライン作成を掲げている。補足的になるのかもしれないが、空き家活用というツールだけではない方針も示したい。(例えば、間口が狭く奥に細長い土地の多いまちなかで、うまく前側と後ろ側の土地を交換して駐車場をどうにか裏側に回し、まちなかを通行する車を減らしていくといったような策が考えられるのではないかと考えている。)

▲合同研究室会議の前日、研究室旅行で歩いた近江八幡にて。

山口敬太(やまぐち・けいた)
1980年生まれ。京都大学大学院 工学研究科 社会基盤工学専攻 景観設計学分野 Urban & Landscape Design Lab. 助教。
http://lepl.uee.kyoto-u.ac.jp/yama.html
http://yamaguchikeita.wordpress.com/