はじめに

2016年3月に博士課程を修了し、マレーシア・ジョホールバルにあるマレーシア工科大学(以下、UTM)のBuilt Environment学部Landscape Architecture学科で専任講師として活躍されている研究室OGのLEE Yoke Laiさんが、お仕事で久しぶりに来日された合間を縫って、同僚の方々と研究室へ遊びに来てくださいました。現在のお仕事と今回の来日については、Lee Yoke Laiさんご本人からこちらに寄稿いただきましたので、併せてご覧ください。
みなさんとお話をしている中で、近年都市開発が進んでいるマレーシアではありますが、集落の保全や活性化に関わっていらっしゃるメンバーも多く、来日の目的のひとつは日本の保全制度や運用実態の研究とのことでした。そこで、窪田先生の提案で急遽、石山から日本の集落保全のパイオニアである妻籠宿(長野県南木曽町)における伝建制度創設以前からの住民憲章をはじめとする自主的な規範の創出について、こちらを基に紹介させていただくことになりました。
突然の思いがけない展開にも関わらず、熱心に沢山の質問を戴き、その中に多くの学びと私たちの問題意識に通じる部分がありましたので、ここでは質疑応答を中心に紹介させていただきます。

<出席者>
マレーシア工科大学Built Environment学部Landscape Architecture学科(以下、UTM):DR.LEE YOKE LAI,  LAr. AHMAD BIN LONG, DR.HAMIDAH AHMAD, GS.DR. WAN YYUSRYZAL BIN WAN IBRAHIM, DR.ZANARIAH JASMANI
東京大学地域デザイン研究室:窪田亜矢、石山千代

質疑応答

住民主体の合意形成について

UTM:住民憲章の起草体制の詳細を知りたい。
石山:住民憲章起草委員会は、妻籠地区にある12の集落と主な職場から選出された委員と妻籠を愛する会幹部によって構成された。各集落や職場、妻籠を愛する会での議論と起草委員会での議論とを擦り合わせるインタラクティブな方法で行われ、改訂を重ねて策定された。


△図1:妻籠宿住民憲章起草委員会(1971年)の仕組み

UTM:まさにボトムアップな合意形成の仕組みだ。私たちも各地で取り組んでいるが、集落毎の意識等の違いの調整がひじょうに難しい。妻籠は全住民が参加したのか。
石山:集落毎の意識と参加意欲の違いは、当時から今日に至るまで常に課題である。実際、全員が参加というのは難しいが、各集落に配慮した丁寧な仕組みとプロセスを経て、この地域の生き残りをかけて「妻籠宿から展望できる周辺と旧中山道沿い」をまるごと保存するために、一つの住民憲章に結実させたことに意味があったと考えている。最後に、住民憲章宣言大会を開いたことも重要。
UTM:各集落からの委員は、各集落の代表者だったのか。
石山:集落によっては結果的に代表者(区長)が委員になったところもあるが、普通の住民に入ってもらうという趣旨だった。妻籠の集落保存を先導してきた人物(小林俊彦氏)へのヒアリングによると、集落で一番話す人と寡黙な人を一人ずつを選ぶようにといったことが当時あったそうだが、実際にそうなったかは(亡くなっている方も多く)判断しかねる。憲章制定後に憲章運用のために設置された統制委員会の委員は、基本的に集落の代表者が就任した。
UTM:こういうボトムアップな仕組みは、イギリスの影響もあるのか。
窪田:日本のまちづくりにおけるイギリスの影響はもう少し後になる。妻籠はそれ以前の1971年、世の中が開発モードの時に集落保存をし、手探りで自らこういう仕組みをつくりだし、実行していたことが注目に価する。


△図2:明治百年記念事業による集落保存で観光客数・観光業者数が増加し始めた
1971年に住民憲章を制定した(自主条例は1973年、重伝建選定は1976年)

自主的な規範の運用と空間としての対応について

UTM:住民憲章は現在も変わらずあるのか。自主的な規範はみんな守っているのか。
石山:1971年制定からまもなく半世紀経つが、住民憲章は今日まで一文字も変わらず存在している。ただし、部分的に法制化したり、運用上の紆余曲折は多々あり、現在その詳細を研究している。自主的な規範は沢山あり、種類にも時代にもよるが「理」と「利」のバランスは難しく、守らない人、守れない人は出てこざるをえない。
UTM:守らない人への罰則などはあるのか。
石山:国の伝建制度創設後に町が制定した保存条例(1976年)では罰則が規定されたが、それに値する行為があるからといって即適用するわけではない。お互いの顔がよくみえるコミュニティでは、それは問題の根本解決にならないので、住民組織(愛する会)の中の統制委員会が中心となって辛抱強く、一つ一つ話し合いで解決する努力を重ねてきた。


△図3:「理」と「利」のバランス(愛する会の広報に毎号掲載されている図)

UTM:観光客は守っているか。
石山:観光客は知らなくとも自ずと守るような空間構成を意図的につくりあげてきた。基本的に、国道256号線沿いの大型駐車場に停めて(集落保存開始後、バス停も国道沿いに移動した)、そこから徒歩で小路を通って宿内にアクセスするスタイルが確立している。宿内の車輛規制の場合でいうと、店舗への卸売車輛や宅急便が悩ましい。宿内の静寂と安全を保つため、宿内にはなるべく車輛を入れないようにしましょうという自主的な規範は当初からあるが、実際にはその後公安規制となった時間(10:00-16:00)以外は難しい。宿内民宿に宿泊する人は、車輛規制の時間について必ず案内される。


△図4:自主的な規範の事例(宿内駐車禁止・車輛規制、国道沿いでの商業活動の自粛)

UTM:国道256号線沿いの駐車場は、観光客用と住民用を兼ねているのか。
石山:観光客用と住民用は別々に確保していて、国道沿いのわかりやすいところにある大きな駐車場は全て観光客用。住民用は宿内南側と北側の集落は、それぞれの家の裏側などに小さな駐車場を設けている。宿内中央部は国道と川の反対側に共同駐車場を持っている。観光業者の一部は宿外の生活道路沿いなどに駐車場を持っている。
窪田: 町並みのファサードのみを守るのではなく、生活との兼ね合い、地域としてのアメニティを考えた面的なシステムをつくり導入しなければならない。そのようなシステムは法の範囲だけでつくるのは限りがあり、自主的な規範が拠りどころとなった総合的な’まちづくり’が求められる。

他地域の状況について

UTM:他の地域でも妻籠の住民憲章のようなものがあるのか。
石山:独特の景観を今日まで守ってきている複数の地域が、妻籠を参考にしながらもオリジナリティある住民憲章的なものをもっている。重伝建かつ世界文化遺産の白川郷も、重伝建の竹富島も、妻籠の影響を受けて住民憲章を制定した。都市部では川越の一番街が「町づくり規範」をもっている。
UTM:今回、我々は川越と鎌倉も視察する。
窪田:川越は、「町づくり規範」で川越らしさとそれをつくりだすための町づくりの原則(都市に関する規範40項目と建築に関する規範27項目)を、ひとつひとつ図解で背景も含めて丁寧に解説、表現し、共有しようとしてきた。鎌倉は重伝建地区ではないが歴史的風致を守ろうとしてきた先進地域で、世界文化遺産を目指した取り組みも積み重ねているので、有意義な視察になるだろう。

その他

UTM:宿場を取り巻く自然景観を構成するのは天然林か人工林か。
石山:両方だが、現在ではヒノキを中心とした人工林が多く、多くは国有林である。
UTM:民宿を経営している人は、農業も営んでいるのか。
石山:特に、在郷景観地区にある民宿は、農業も兼業しているか家庭菜園的に行っているかで、自分の田畑で収穫した米や季節の野菜などを食卓に出してくれて、それが魅力でもある。リーズナブルで家庭的な宿であることを当初から大切にしてきたが、近年ではこれが中山道を歩きに来る外国人観光客から人気となっている(需要はあるが、高齢化と後継者不足により民宿の数が年々減少していることが現在の課題)。


△図5:妻籠宿保存地区(約1245ha)


△図6:在郷の風景

UTM:土産品として推奨している桧笠の材料は地場のものか。
石山:この地域でとれる桧を薄く細長く削ったものを編んでいる。地場の手仕事、土産品を大切にしようということも、集落保存当初からの自主的な規範であり、地域の風景を構成する地場の材を使うことに通じている。


△図7:集落保存当初から地場の材料と手仕事による素朴な土産品を重視してきた

おわりに

 マレーシアと日本とは、気候も歴史的背景も大きく異なりますが、周辺環境や生業を有機的に関連づけた集落保全のために、いかに合意を形成して運用の仕組みと空間を構築し、実効性あるものにしていくかということについての問題意識を共有することができたことは、嬉しい驚きでした。また、今回紹介させていただいたのは現在進行中の研究の一部でしたが、続きへの関心も寄せていただきました。研究室で共に時間を過ごした留学生の方が母国で活躍され、同僚の方々と共に再訪してくださることのありがたみを実感しました。果てしのない「地域デザイン研究」の世界の中で、小さな自分にできることは限られていますが、このような人的・知的なつながりを大切にしていくことが、研究に深みと広がり、説得力を持たせてくれるのかもしれないと、励まされたひとときでした。

(文責・訳責:石山千代)

参考文献
・公益財団法人妻籠を愛する会「妻籠宿を守る住民憲章」http://tumagowoaisurukai.jp/aboutus/kenshou.html
・太田博太郎・小寺武久(1984)「妻籠宿 その保存と再生」彰国社
・南木曽町誌編さん委員会(1982)「南木曽町誌・通史編」長野県南木曽町
・町並み委員会(1988)「川越一番街 町づくり規範」
・石山千代,窪田亜矢,西村幸夫(2016)妻籠宿における住民憲章制定(昭和46年)に至る過程に関する研究,都市計画論文集,日本都市計画学会,Vol.51,No.3,pp.328-335
・Chiyo ISHIYAMA , Aya KUBOTA and Yukio NISHIMURA (2017)Creating Voluntary Rules of, by, and for the Residents at the Earliest Stage of Preservation-Case of Tsumago-juku in Japan,International Conference of Asian-Pacific Planning Societies,2017
・石山千代,窪田亜矢,西村幸夫(2017)集落・町並み保存地区における自主規範の法制化の過程に関する研究:妻籠宿における住民憲章の二段階法制化を事例として,日本建築学会計画系論文集,日本建築学会,82(740),pp.2637-2647